第1話　「配信ボタン、押すしかない！」

朝。
タワマンの高層階。
窓の外では、コーヒー牛乳みたいな色の朝焼けが広がっていた。

「……よし、今日もバズらないな。」

寝ぐせのついた頭でスマホを見つめる男、星井野アゲル。
通称、ひこいち。
配信者歴３年、登録者数82人（うち本人のサブ垢3）。

「再生数ゼロの日が続くと、YouTubeの画面が冷たく見えるんだよな……」
カフェオレをすする彼の背中は、タワマンなのにやけに庶民的だ。

机の上には、安物のマイク、ノートPC、そして中古で買ったギター。
ひこいちはギターを構え、ぼそっとつぶやく。

「“配信ボタン”ってさ、押すたびに自分の人生の赤字が増える感じするよな。」

すると、机の端から声がした。
「ネガティブだねぇ、ひこいちくん。」

ぬるっと顔を出したのは、彼の相棒キャラ――ひこむし。
白くて、虫っぽくて、なんかしゃべる。

「だって昨日の配信、同時視聴2人でしょ？　しかも1人、たぶんお母さんだったよ。」

「……おふくろ、コメントもくれないんだよな。」

「でも！」
ひこいちは突然立ち上がる。
「配信をやめたら終わりだ！　だから今日もやる！　“配信者”として、誇りを持ってな！」

「誇りっていうか、もう執念だよね。」
ひこむしのつっこみを無視して、ひこいちはPCの前に座る。

ピコーン！「配信を開始しますか？」

「押すぞ、ひこむし。」
「うん。」
「いくぞ……！」

『アゲルの配信は止まらない！』──LIVE開始！

「どうも〜〜！　今日もタワマンからお届け！　星井野アゲルです！」
「（誰も見てないけどね）」
「聞こえてる〜？　……いや、聞こえてないな！」

その空虚なコメント欄に、突然ひとつの文字が流れた。

「音ズレしてるよ」

「……ズレてるのは、俺の人生だよ！！」

ギターをかき鳴らすひこいち。
コードはCとGしか弾けない。だが魂はメジャー進行。
タワマンの壁に響くのは、悲鳴と希望の混ざったフォーク。

「再生数、3いった！」
「マジ!?」
「うん、俺とお母さんと、知らない誰か！」

「知らない誰か……！　伝説の“3人目”だ!!」

雷鳴が鳴る。
画面の向こうで、誰かがコメントを打ち始めた。

「はじめまして。スパチャってどうやるの？」

ひこいちとひこむしは顔を見合わせた。

「……これ、まさか――！」




次回予告！

第2話「スパチャは突然に！」
初めてのスパチャ、しかし送り主はまさかの小学生!?
ひこいち、タワマンで人生初の“バズ”を感じる!?

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